『知ろうとすること。』が僕のなかに残したもの
糸井重里さんを知っていますか。
コピーライターを中心としながら、MotherというRPGを作ったり、トトロのお父さんの声優をやっていたり、ほぼ日手帳という手帳を作っていたり。多方面で活躍している方です。
糸井さんを見ていると、魅力的なことばを使うことがいかに人を動かす力を持っているかを実感します。
早野龍五さんを知っていますか。
東京大学大学院理学系研究科で原子物理学を研究している教授です。3.11の後、Web上が原発や放射能に関する知識を求めて騒然となっている中、データをグラフにまとめ、事実を事実として発表しつづけた方です。
3.11の後に早野先生のTwitterをフォローしたという人も多いでしょう(僕もその1人です)。
適切かどうかは分かりませんが、多くの人にわかりやすく表現するなら糸井さんは文系の最先端で、早野先生は理系の最先端で活躍されている方とざっくり理解しておけばいいでしょう。
その2人の対談が本になっています。
原発関連の書籍は原発への賛成反対関わらず、不安を煽るようなものが多いです。しかし、この本は違います。(表紙からして既に違いますね)
3.11後の放射能騒動を振り返りながら、科学的な態度とはどういうものか、センセーショナルな言葉以外でどのように事実を伝えていくか、知らないことに怯える人の不安をどのように取り除いていくか。
そんなことが対談形式で書かれています。
情報を発信するということ
3.11の後のテレビには山本太郎さんが良く出ていましたね。僕がたまたま見たのは討論番組で、「原発を経済の観点から考える」というテーマでした。
「経済的な視点で考えると、原子力を火力などと並行して使っていくのが良い。もちろん、緩やかに減らしていくべきである」という専門家の意見に対し、声高に「子供たちの命がかかってるんですよ! 即時全廃すべきです!」と叫んでいたのが印象的でした。
2章「糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか」にこのような記述があります。
ネット上でいろんなことを声高に主張している人がたくさんいて、ちょっと怖いくらいでしたよね。
そんな中で、早野さんは冷静に事実だけをツイートしていて。ああ、この人は信頼できる人だ、と思ったんです。何か大きな問題が起こったときに、大きい声を出したり泣いたりして伝える、っていう手法は、歴史的にずっとあったわけです。
戦争中もあったし、学園紛争の中でもあった。でも、本当に問題を解決したいと思ったときには、やっぱりヒステリックに騒いだらダメだとぼくは思うんです。
糸井さんのすごいと思うところは、この言葉のチョイス。僕が当時思っていた事の本質をすっと突いてしまう。
僕自身は「山本太郎なに言ってんだw人の話聞けよw」としか表現出来なかったことを、濾過して代弁してくれてるんじゃないかと思うほどです。
当時糸井さんはこんなツイートを残していますね。
ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、「よりスキャンダラスでないほう」を選びます。「より脅かしてないほう」を選びます。「より正義を語らないほう」を選びます。「より失礼でないほう」を選びます。そして「よりユーモアのあるほう」を選びます。
— 糸井 重里 (@itoi_shigesato) April 25, 2011
何か言葉を発信するときには、何から情報を得るかが内容に深く関わってきます。その情報源を選ぶのは自分なので、言葉を発信するときには必ず自分の価値観や評価がそこに加わります。
加えて人は注目を集めたい生き物なので、ついつい人目を引くような表現をしてしまう。
だから事実のみを発信するのは難しい。
3.11の後、糸井さんは地震や原発、放射能について信頼できる情報ソースを探します。そこで見つけたのが、事実を事実として淡々と発信する早野先生でした。
早野先生は放射能に関するデータをグラフにまとめることから始め、給食の線量調査やベビースキャンなどを実行に移しました。『知ろうとすること。』では放射線に関する科学的な基礎知識からはじめて、早野先生がやってきたことをわかりやすい言葉で解説しています。
建設的な話をするということ
序章「まず、言っておきたいこと。」からはじまり、1章「なぜ放射線に関するツイートを始めたのか」や3章「福島での測定から見えてきたこと」といった事実を書いている章がもちろんあります。
4章「まだある不安と、これから」、5章「ベビースキャンと科学の話」、6章「マイナスをゼロにする仕事から、未来につなげる仕事へ」。ここが僕の好きなポイント。
原発の話は過去を向いていることが多いです。未来を向いていても、「こんなんじゃだめだ」「まずいことがおきる」など、悲観的で非建設的な意見が大半です。
それに対してここでは原発事故は確かに起きてしまったという前提の上で今後どのようにしていくかが「科学の視点から」「建設的に」議論されています。これって当たり前のようで、今まであまり表に出てこなかったアプローチのように感じるんです。
この章立ても糸井さんと早野先生が考えたのかな、なんて考えると、お二方の思いが伝わってくるようでちょっぴりじんわりします。
そして、忘れてはいけないのがあとがき。
早野先生と糸井さんがそれぞれの言葉でそれぞれのあとがきを書いています。
どちらも思いが詰まっていて、対談を読み通した後に読むとよりいっそう言葉の重みが伝わってきます。
本書は「科学」と「言葉」の絶妙な巡り合わせと言えるのではないでしょうか。読み終わった後にどことなくほっとしている自分に気がつくはずです。
僕はいま大学で化学を学んでいますが、「科学」と「言葉」、どちらも大切にしながらやっていきたいものです。